ハッピー☆マトリックス

問題を作る脳の古いOSはもういらない!!新しいOSに入れ替えて思い通りの人生を再創造しよう!

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プロフィール

しっしー

Author:しっしー
兵庫県芦屋市生まれ。

声楽家(ソプラノ)
ボイストレーナー
カウンセラー、セラピスト

ヒーリングスペース【クオレヴォーチェ】主宰
http://cuorevoce.jp/

※スマートフォンの方はこちらを

英国Holistic Healing Collegeでの学びをベースに、大阪市内で人生を根源的な視点から見つめなおすカウンセリング、セラピーを行っています。
スカイプ・電話でのセッションも対応しております。

◆興味のあること・好きなもの
普遍真理の探求
アセンション
ジェンダー/セクシュアリティ
パートナーシップ
教育
歌うこと/歌
アロマオイル/チベット香
シンギングボウル、チューニングフォーク
お茶なんでも

2009年5月、コズミック・ダイアリー公式講師認定
2009年12月~ 真我開発講座「未来内観コース」「宇宙無限力体得コース」「天使の光コース」受講
2010年9月、Holistic Healing College インテグレイティッド・カウンセリング・ディプロマコース受講
2011年1月、シータヒーリング基礎DNA修了
2011年5月、シータヒーリング応用DNA修了
2011年6月、シータヒーリングアバンダンス修了
2013年11月、マトリックス・リインプリンティング・プラクティショナー取得

その他、学んだテクニックやメソッド
TM瞑想法、楊名時太極拳、アレキサンダー・テクニック、クンダリーニヨガ、ホ・オポノポノ、奇跡の学習コース、バイロン・ケイティのワーク、EFT,フォーカシング、EMI、エニアグラム、引き寄せの法則、NLPなど

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掲示板

◎真の自己愛回帰のためのグループセッション 12月9日(水)10:00~13:00/クオレヴォーチェ
12月22日(月)10:00~13:00/クオレヴォーチェ
1月6(水)10:00~13:00、 20日(20)10:00~13:00、24日(日)13:00~16:00/クオレヴォーチェ
◎宇宙と地球をつなぐ歌のお祭り12月12日(土)15:00~/川西市みつなかホール文化サロン
◎クオレヴォーチェ瞑想会&忘年会12月25日(金)18:00~/クオレヴォーチェ

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「信じているよ」は、裏切れない

家族や親しい人に、「心配だよ」というのが、愛情だと思っていないでしょうか?
「心配」という波動は、そのとおりの現実を引き寄せます。

「そんなところへ行ったら危険な目にあうよ」
「そんなことをしたら失敗するよ」
「そんな生活をしていたら病気になるよ」

相手を心配するのは、自分の人生と同じように、他人の人生の責任を自分が引き受けている、と誤解しているからなのです。

特に親にでもなれば、自分の子どもを「なんとかしなくちゃ」と思ってしまうものです。
あなたが愛情表現として「心配」するのは、両親があなたに、そのまた両親があなたの両親にそうしてきたからなのです。でも、その因果を断ち切ることはできます。

たとえ自分の子どもであっても、それぞれが一つの魂。一人ひとりがちゃんと人格を持った人間です。人はそれぞれいろんな経験失敗を繰り返しながら立派に生きていくことができます。
自分が相手の人格を作ろうとしたり、相手の選択の責任を感じるのはある意味傲慢なこと、相手の人格を認めていない、尊重していないことになります。


例えば、子どもが薄着のまま遊びに出かけたがったとします。
親が、「そんな薄着で外に行ったら風邪を引くよ」と強く言おうものなら、その子どもはその言葉の影響を受けて風邪を引いてしまうかもしれません。
そこで、子どもの責任を尊重して、こう言えばどうでしょうか。
「外に出てみて寒くなかったらそれでいいけど、もし寒かったら服を取りに戻っておいでね。」

おそらく、子どもの反応は「風邪を引くよ」と言われた場合とはまったく違ったものになるでしょう。もし、その子が寒くないと判断してそのまま外で遊んでも、おそらく風邪のことなど全然頭にないから、風邪を引くことはないでしょう。寒かったら上着を取りに帰ってくるだろうし、そのまま遊んでいてたとえ風邪を引いてしまったとしたら、そこで一つ賢くなるでしょう。


「もう勉強なんかしたくない、学校をやめたい」と子どもが言った場合はどうでしょう?
「あなたは学校をやめたいのね。でも、学校をやめるとどういうことになるのかちゃんと分かってるのかな?これから働くことになるけど、学校を卒業していないと、自分が働きたいところで働けない可能性がすごく高くなるけど、その覚悟はきちんとできているの?」と言うことができます。
もし、覚悟はできている、と子供が自分の考えとして答えるのなら、その結果を自分自身で引き受けさせるのが本当の愛なのです。

大人は子どもを導いたり、アドバイスしたりしますが、そのアドバイスに従うかどうかは、あくまでもその子に任せなければなりません。自分の選択したことの〈責任を取る〉ということの本当の意味を教えてあげるのが、大人が子どもにあげられる最高のプレゼントです。

「愛する」ということは、相手をありのまま〈受け入れる〉こと。
たとえ、相手が自分とあまりにも違う意見を持っていても、自分が最もしてほしくないことをしていたとしても、それを受け入れるのが本当の愛。しかし、実はこれが私たちにとって最も難しいことのようです。なぜかといえば、一人ひとりエゴがあり、自分が正しいと思っているからです。

ちょっと極端な例かもしれませんが、自分の最も身近な誰か、仮にAさんとすると、その人がドラッグに手を染めたとしましょう。普通なら次のように思うはずです。「Aがドラッグをやってるなんてとてもじゃないけど認められない。それは本人にとってよくないことだから。どんな手を使ってもやめさせなくては。」
このAさんにとって最も良くないことは、周りの人たちがそれは絶対に正しくないと言って、Aさんがドラッグをやるのを強制的に阻止しようとすることです。しかし、誰かがAさんを裁き、Aさんの人生をコントロールしようとすると、その人はますますドラッグに溺れるかもしれません。自分は受け入れられていないという思いを強め、まわりの人たちの押し付けに反発し、かえって助長してしまうことになりかねないのです。
人は普通、それぞれ自分なりに幸せになりたいと思って人生を歩んでいます。そこでドラッグに手を染めることがあるのなら、その人はそのことを通して何かを学ぶ必要があるのです。十分にドラッグをやったと思えば、それをやめるでしょうし、そこから学ぶべきことを学ぶでしょう。Aさん自身の選択の結果を受け入れなければならないのは、あなたではなく、彼(彼女)自身なのです。

本当にその人を愛しているのであれば、その相手の人生をコントロールしようとするのではなく、こう言ってあげることができます。
「私は個人的にはあなたのやっていることには賛成できない。ドラッグが危険ということを知っているからね。でも、あなたの人生はあなたのものだし、その責任を取るのもあなた自身。あなたが結果を充分考えた上でそれを選択するのなら、私は何も口出しする権利はありません。」
こう言えば、相手はあなたが自分を受け入れてくれていると感じ、相手もまたあなたを受け入れるでしょう。そうすれば、最も簡単に、かなり高い確率で、早くあなたの望む結果になるのです。



愛する人には、「心配してるよ」の変わりに、「信じているよ」と言ってみてください。
残念ながら、相手を変えたりコントロールすることはできません。
すべきことは、相手を信じられるように自分が変わることなのです。

「信じているよ」は、魔法の言葉です。
「信じているよ」と言われた人は、裏切ることができなくなります。
裏切らない、のではなく、裏切れない、のです。
「信じる」ということは、「相手に空間を与える」ということです。



この考えを人生に取り入れて実践し出すと、その相手が誰であれ、驚くべき結果が出始めます。

「先生は、あなたたちを信じているよ」
私は高校で授業をするときに、言葉にこそしないものの、それを態度で示すように心がけるようにしています。
一つ例を出すと、音楽の授業は音楽室に移動して受けるので、生徒たちはみんな携帯電話を鞄から出してポケットに入れて持ってきます。
授業中はもちろん携帯電話の使用は禁止なのですが、ポケットの中で携帯がブルブルすると、やはり気になって仕方がない、そうすると授業中に隙を見てこっそりメールを見たり、ということがどうしても起こってしまいます。
以前は、「携帯を見つけたら取り上げて担任に渡すから」と言ってたのですが、見つけて取り上げる方も、見つかる方も気持ちいいことではありませし、そういうことは残念ながら後をたちませんでした。

そこで、「携帯電話を授業中に使用するのは禁止だということは、みんな知っていると思うけど、ポケットの中でブルブル鳴っていると、気になって授業に集中できないと思うんだ。そこで、思わず見てしまったところを取り上げられて、担任の先生に渡って怒られるのも嫌でしょう?もしよかったら私が預かるからね」と言ってみたら、一人が「先生、じゃあ私の携帯預かっておいて」と言い出し、それから次々に「私も」「私も」となって、毎回の授業の時、音楽室のピアノの上はデコレーションの華やかな携帯がたくさん陳列するようになりました。そして生徒の授業中の集中力の度合いが変わったのは言うまでもありません。

どうですか?これこそが、相手に空間を与えることの結果、〈愛〉の力なのです。


「お母さんは、○○ちゃんを信じているよ」
「僕は君を信じているよ」

この言葉が人生に与える恩恵を、みなさんもぜひ受けてみてください。

もし、それがなかなか言えない自分がいたら、〈自分を信じていない〉ということ。その事実を受け入れてみてください。
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